未完小説 せいぎの戦士N

せいぎの戦士N


 1992年から93年当時、PC−VANのパソコン通信の中で、私のプロ フィールの中に毎月連載していた小説です。いまだ未完ですが、いつの日か完 結したいと思っています。


目  次


 → ☆   第 一章   再   会   ☆
 → ☆   第 二章 ホテル プロローグ ☆
 → ☆   第 三章   ホ テ ル   ☆
 → ☆   第 四章   新   春   ☆
 → ☆   第 五章   事   件   ☆



  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

     官能恋愛ハーフノンフィクション小説「せいぎの戦士N」

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**********   第一章  再 会   ***********

 濃紺のベンツ600SLは暗闇の常磐道を南下していた。かなりのスピード で追い越し車線を巡航しているが、後ろに迫るライトをNはルームミラーで捕 捉した。すぐ後ろまで近づくと車は車線を変え並びかける。ベンツのサイドウ ィンドー越しにチューニング車独特の排気音が聞こえる。Nは低く落ちついた 声で呟いた。

「チューンドGTRか・・・ちょっと遊んでやるか・・・」

 並走する2台のスピードが徐々に落ちる。スピードメーターが80kmを指 した瞬間がゲームの始まりだ。次のIC降り口がゴールという不文律の掟は昔 から変わってはいないはずだ。スピードメーターが80kmを指した瞬間GT Rのエンジンが唸りをあげ、はじける様に加速を開始した。
 それを確認するとNは右足を踏み込み、強化されたオートマチックトランス ミッションをキックダウンさせる。次の瞬間、特注でドイツ本国でチューンさ れたV12気筒のエンジンが即座に反応する。ダンパーの効いた堅めのサスペ ンションと265/35ZR18の極太のタイヤが一瞬きしみ、テールを僅か に沈ませながらの長く鋭い加速が続く。そのなんとも言えない感覚を背中に感 じながらルームミラーにGTRのヘッドライトが小さくなるのをNは確認した。 スピードメーターに目線を落とし、その指針が250Kmを指すのを確認する と僅かに右足の力を緩めた。

 「まったく気持ちだけは若いんだからぁ・・・」

 助手席に座るプチの言葉に、Nはちょっとだけ照れ笑いを浮かべ、それをご まかすかの様にスーツの内ポケットから煙草を取り出し口にくわえる。プチは、 つかさずN愛用のジッポーで火をつけてやる。ウォルナットのはめ込まれたセ ンターコンソールに煙草の火が反射して鈍く光る。

「やっぱりリミッターも外させておくべきだった・・・」

 Nは心の中で呟いた。

 まだ日本に600SLは正式には輸入されていない。ドイツで直接買い取り、 ボディ・サスペンション・エンジンと全てにチューニングを施し、つい先日納 車になったばかりの物だ。ノーマルでさえ408馬力・59kgmのトルクを 発生するそのエンジンは一流チューナーの手に依ってさらにリファインされて いされている。250Kmに自主規制されたリミッターを作動させるに数秒と かからないのだ。

 「ねぇ、今日はどこに連れてってくれるの?」

   と、プチはNの横顔を見つめた。Nは、ちらっとプチの顔に視線を移すと、

 「着いてからのおたのしみだよ!」

 とだけ言い視線を戻す。プチはちょっとだけとまどい、視線を落としNの右 手に自分の左手を合わせ、ちょっとだけ力を込めた。

 数十分後、車は新宿のワトソンホテルの地下駐車場に止まった。

 Nはプチをエスコートし、エレベーターに乗るとプチの腰に手を廻し、軽く 引き寄せると、額に軽くKiss。目と目と合わせ、沈黙の時間が流れる。
 エレベーターの扉が開くと、ボーイが深々と頭を下げ迎えている。ラウンジ ガスライトの渋い色の看板がランプの温かい光を受けて陰影を作る。

 「予約しておいたNです。」
 「お待ち申し上げておりました。どうぞ。」

 ボーイに窓際の席に案内される。他に客は無く、店内には静かにジャズが流 れる。テーブルの中央に置かれたランプに火が灯される。

 「最初にガスライトを2つ貰おう。あとはシェフにおまかせでいいよ。」
 「承知致しました。ごゆっくりどうぞ。」
 「ありがとう。」

 ボーイが席を離れるとプチが小声で口を開いた。

 「ねぇ。クリスマスイブの夜だっていうのに、どうして他にお客さんいない   の?」
 「アハハハ、買っちゃったんだ。」
 「エッ?」
 「このホテル」
 「エエッ?」
 「だからぁ、プチと二人だけの夜をここで過ごしたくってな。」
 「・・・・・」
 「元気だったか?」
 「ウン・・・」
 「一年ぶりだもんなぁ」
 「ウン・・・」
 「約束忘れてなかっただろ?」
 「ウン・・・」
 「どうしたの?」

 Nを見つめるプチの瞳に涙が浮かぶ。

 「会いたかった・・・」

 プチはテーブルの上に置かれたNの手に自分の手を差し伸べ、強く握る。 涙は頬を伝い、ついにはテーブルにその滴が落ちた。

 「ごめんなプチ。所詮俺は一人の女を幸せに出来る様な男じゃないんだ。」
 「ウウン、いいの・・・ありがとう・・・」

 また、沈黙の時間が流れる。窓の外に視線を移したプチが突然口を開いた。

 「アッ・・・雪!・・・あの時と同じ・・・」

 二人の脳裏に数年前のクリスマスの夜、突然降りだした深夜の雪に喜んだ、 甘い一夜がよみがえっていた。

 すっかり夜も更け、外は東京の街に不似合いな雪景色となっている。ガスラ イトを出ると、エレベーターの前に一人の男がいる。スーツに蝶ネクタイが妙 に似合わない、とぼけた男であった。

 「たしか支配人の桜井さんだったかな?」
 「はい。本日はようこそお越しくださいました。お部屋にご案内させて頂き ます。」
 「うん、ありがとう。」

 第一章 再会 完


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********* 第二章 ホテル プロローグ *********

 President room のプレートの掛かるドアを開け、とぼけた風貌の支配人、 桜井は、
 「こちらでございます。ごゆっくりどうぞ、では失礼致します。」

 と、声をかけ二人を部屋に送り終えると、ドアを閉めた。

 部屋に入った二人は、強く抱き合う。唇を合わせ、強く長いKissがいつ までも続いた。

 唇を離し見つめ合う二人。プチが先に視線をはずしうつ向くと、か細い声で つぶやく。

 「お願い・・・もう一度、強く抱きしめて・・・。」

 Nは、プチの体を少々荒っぽく引き寄せ、強く抱きしめる。プチのうなじの 辺りから、ほのかにニナリッチのコロンの香りがしている。なつかしい香りだ った。その香りに、Nの下半身は敏感に反応していた。

 突然部屋のチャイムが鳴った。そして「ルームサービスでございます。」と いう女の声が、かろうじて聞き取れた。ドアの前で抱き合っていた二人はハッ として体を離し、Nはプチに窓際のソファーを指さし、そこに行くように促し た。プチが洋服の乱れをちょっと直しソファーに腰を掛けるのを見てからNは ドアを空けた。

 ドアの前には、ホテルの制服を着た女性がワゴンを前に立っている。Nは、 いつもの癖で、一通りつま先から頭までさっと見てから、つかさずネームプレ ートを確認していた。「ケメコか・・・8.25!!」Nは心の中で呟いた。 即座に名前を覚え点数を付けてしまうのもNの癖だった。

 「ルームサービスでございます。失礼してよろしいでしょうか?」
 「・・・・・ん?・アァ・・どうぞ・・」
 「失礼致します。」

 ケメコは頭をさげると、ワゴンを押しながら部屋の中に入ってくる。ワゴン の上には、大きな花束と、ワイングラスが二つ、アンティークなランプ、そし てワインクーラーが置かれている。ワインクーラーからは、年代物らしいボル ドーのボトルが頭を出している。

 「支配人の桜井からでございます。」
 「えっ?支配人から?・・・あの人とぼけた風貌だけど粋な事するねぇ。」

 Nがジャケットを脱ぎながら言う。ケメコは微笑みながらNに、

 「ウフッ・・ワインはお開け致しますか?。」

 と聞くと、ハッとした様子でうつ向いた。顔はみるみる赤みを帯びて、耳ま で真っ赤に染まっている。

 「ああ、そうしてくれ・・・。ねぇ、どうかしたの?」
 「イエェ・・・あのぉ・・・」

 そう言いながらケメコは手早く器用にコルクを抜き、

 「それでは、ごゆっくりがんばって・・・イエ、ごゆっくりどうぞ・・。」

 ケメコの視線はNの下腹部に注がれていた。Nは自分の下腹部に視線を落と すと、思わず「アッ」と声を上げてしまった。ベルトのバックルの上のワイシ ャツの間から元気な愚息の頭が顔を出しているではないか。

 「し・・失礼いたします。」

 震えた声でケメコは叫ぶと、走る様に部屋から出ていった。まもなく廊下を 走る音が「バタン!」という大きな音で止まる。

 「あっ、転けたナ・・・・。アハハハハハハ」

 Nの大笑いにつられてプチも笑っている。プチはソファーから立ち上がると Nに近づき、Nのベルトに手を掛けもう一方の手でその一物を握り、

 「もうちょっと、おとなしくしててね。」

 と言いながら、ズボンの中にそれを押し込んだ。

 「しっかり見られた。アハハハ」
 「もう!しょうがないんだからぁ・・・」
 「アハハハ」
 「・・・・」
 「それよりもう一度乾杯しよう。」
 「ウン」

 プチがグラスにワインを注ぐ。グラスにランプの炎が幾重にも映り、部屋に 上質なワイン特有の香りが広がる。

 どれほど時間が経っただろうか。雪はやんでいる。ワインも半分ほどのみ干 している。

 「さて、シャワー浴びてくるか。プチ、後からおいで!。」
 「ウン・・」

第二章 ホテル プロローグ 完
                     1992.12.6 NAOKI.WATANABE


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**********   第三章  ホテル   ***********

 大理石貼の豪華なバスルームに、シャワーの音が響く。天井に埋め込まれた スピーカーからは微かにBGMが流れているが、シャワーの音にかき消されて Nには聞こえてはいない。熱いシャワーを頭から浴びているNの脳裏にはプチ との思い出が次々と現れては消えていった。「フゥ・・・」と大きく息を吐く と、シャワーを止めドアを半分程開けてプチに声をかけた。

 「おーーい、おいでぇ!!」
 「ハーーイ。」

 Nは静かにバスタブに体を沈めた。ドアのガラス越しに服を脱ぐプチが見え る。何度も見た光景だった。しかし今日のプチは以前のプチとはちょっと違っ て見えた。ガラス越しに見るその光景に何の変化もないのに、なぜそう感じる のかNは自分自身分からないでいた。洋服の脱ぎ方、置き方。ブラの外し方、 ショーツの脱ぎ方。その全てが以前と全く変わらない様に見えた。不思議な感 じだった。何も変わっていない。でも・・・何かが違う・・・。

 「電気消していい?」
 「あぁ、いいよ」

 この会話も全く以前と一緒だった。バスルームの明かりが消されプチが入っ てくる。

 「アッ・・向こう・・向いてて・・・」
 「アッ・・ごめん・・・」

 さっとシャワーを浴びるとプチが浴槽に入ってきた。Nと向かい合って体を 浴槽に沈める。洗面所から洩れる薄明かりで、プチの肌が艶かしく見える。目 と目が合い、プチの右手がNの右手にかぶせられる。Nの左手はプチの腕から うなじの辺りを感触を確かめる様に、ゆっくりと移動する。Nの目を見ていた プチはやがてまぶたを閉じた。Nはプチの手を握ると引き寄せ、その閉じられ たまぶたに軽くキスし、強く抱きしめた。二人の体の間に入り込んだお湯が音 をたて、静かなバスルームに響く。しばらくしてプチは目を開き、微笑みなが らつぶやいた。

 「ねぇ、体洗ってあげる・・・」
 「エッ?・・いいよぉ・・くすぐったがりなの知ってるだろ・・・」
 「ウン・・でも・・洗ってあげたいの・・・」
 「・・・・・それじぁ頼むよ。」

 Nは浴槽を出てシャワーの水栓を開き、大理石貼の床に直に座った。床暖房 のおかげで床は温かい。続いてプチが出て、Nの後ろに廻り込みシャワーをか けると、スポンジに石鹸を付け、Nの体を丁寧に洗い始めた。不思議にくすぐ ったい感じは無かった。

 「ちょっと、痩せた?」

 「あぁ、ちょっとだけな・・・」
 「私は変わらない?」
 「んーーー、プチも痩せたな。」
 「うん・・・・・、ちょっとだけね・・・」
 「色っぽくなったな」
 「そんなことないよぉ」
 「いゃ、ほんとに色っぽくなった」
 「ウフッ・・・ありがと」

 プチは一通り背中を洗い終えると今度は前に廻り、両膝をついた格好で腕・ 首・胸・腹・足、と洗い、最後にすでに直立している股間のそれを丁寧に洗っ た。

 「俺も洗ってあげようか?」
 「ウウン・・いいの・・・」
 「どうして?」
 「はずかしい・・・・・・」
 「いつも、洗ってあげてただろ。」
 「でも・・・今日はいいの・・・」
 「そうか・・・」

 プチは最後にシャワーでNの体の泡を洗い流し「ハイ完了!」と言うと、股 間のそれに唇を寄せて軽くキスした。

 「それじゃ、先に出るぞ・・」
 「ウン・・・」

 Nはバスタオルとバスローブを取ると肩に掛けそのままメインルームに行き 冷蔵庫を開け缶ビールを取り出すと、プルトップの栓を開け一気に飲み干した。

 「フーーー、旨い!!」

 そう言った瞬間、肩に掛けてあったバスタオルがずり落ちる。Nは体を捻り それを股間の物で引っかけた。

 「オット、セーフ!!息子も元気だ!ビールが旨い!!」

 訳の解らない独り言を言いながら、そのバスタオルで汗を拭き取るとバスロ ーブを身につけた。冷蔵庫をもう一度開け瓶ビールを1本取り出す。冷凍庫を 見るとグラスが2つ冷やしてあるのが見えた。「プチ・・・ありがと・・・」 Nは小さな声でつぶやいた。昔からNは、おいっきり冷やしたグラスでビール を飲むのが好きだった。プチが入れたに違いなかった。そう思った瞬間、Nの 目には熱いものがこみ上げていた。上を向き、「フーー・・」と息を吐き、目 をつぶり、しばらくそのままの姿勢で感情がおさまるのをNは待った。

 「プチ・・・」

 目を開き、そうつぶやくとNはそのグラスを取り出し、そっと冷蔵庫の扉を 締めた。部屋の明かりを落とし、寝室に入る。キングサイズのベットが2つ壁 際に置かれ、ベットサイドにはアールヌーボー調のサイドテーブルが置かれて いる。その上にグラスをおき、ビールを注ぐとNはベットに入り両手を頭の下 で組んで、天井を漫然と見ながらプチのことを考えていた。

 二つのグラスに注がれたビールの泡が半分ほど消えた頃、プチが寝室に入っ てくる気配をNは感じ、目を閉じた。プチは部屋に入るとNの寝ているベット に近づきNの右側に回り込むと静かに体を滑り込ませた。

 「寝ちゃった?」
 「ウーーン・・・」

 Nは、わざと寝たふりをしていた。プチはNの股間に右手を延ばし、すでに 硬直しているものを捉えると、感触を確かめる様にそれを愛撫した。Nは体を 捻りプチの方を向くと、ちょうどプチの額にNの口が当たり軽くキスをする。 プチは顔を上に向けて、Nの唇に自分の唇を当てると強く吸い舌を差し入れる。 それに応じてNも両手でプチを強く抱きしめた。プチのガウンを脱がすと、下 着は付けていない。プチの股間に左手を延ばすと、そこはすでに充分潤いNの 微かな指先の動きにもプチは敏感に反応した。二人は口と手でお互いを愛撫し プチは2回目の絶頂を迎えた。乱れた呼吸を整えながらプチは、

 「ちょっとタイム・・・・変になりそう・・・」

 というと、サイドテーブルに手を延ばしグラスを取るとビールを半分程飲み グラスをNに渡した。Nは一気にビールを飲み干すと、汗に濡れたプチの体を バスタオルで拭いてやり、自分の体の汗も拭き取った。

 「こうやってターキーを呑んだっけなぁ・・・」
 「うん・・・・」
 「ビール呑む?」
 「うん・・・・」

 Nはもう一つのグラスを取ると、半分ほど飲み干した後、ビールを口に含み プチに口移しで呑ませる。プチの呼吸がまだ乱れているのが解る。

 「プチ・・・愛してるよ」
 「N・・・愛してる」

 プチがNの体に抱きつく。Nは抱き寄せると、プチの体に自分の体を重ねた。 Nが2回目の放出をした頃には、窓から薄明かりが差し込んでいた。

 Nの右肩の辺りにプチは頭をのせ、軽い寝息をたてていた。Nの右手はプチ の肩を抱き、プチの右手はNの股間の物を握っていた。

 「ねぇ、このまま寝ていい?」

 寝てしまったと思っていたプチの言葉に、Nはちょっとだけ驚き「うん」と 耳元でささやいた。二人が寝入るのに時間は掛からなかった。

 窓から差し込む鈍い光の中、目覚ましのベルの音にNは目を醒ました。自分 の右手に寝ているはずのプチの姿は無かった。

 「プチ!!どこだ!!・・・・・」

 返事は無い。Nは起き上がりガウンを引っかけると、寝室を出た。メインル ームは綺麗に片付けられている。テーブルの上にはホテルの封筒が一通、N愛 用のジッポーがその上に置かれていた。Nはその手紙を取り上げると、急いで 開封し、便箋を開くと食い入る様に見つめた。

    最愛のNへ

     たくさんの愛をありがとう。
     あなたとの思い出だけで私は生きていきます。
     また、来年会って頂けますか?。
     出来る事なら一つでも多くの思い出を私に下さい。
     また会える日まで・・・。

                          プチ

 Nは朝のけだるい光の中、その手紙を片手に呆然と立ちすくんでいた。つい でに股間の息子もガウンの間から立ち上がり頭を見せていた。

 「プチ・・・何年後になるか分からないが・・・・・・」
 「必ずクリスマスイブの夜、俺は君の全てを奪う・・・」
 「待っててくれ。俺には性技の戦士Nとして・・・・・」
 「それまでに、やらなくてはならない事があるんだ・・」
 「プチ・・・・・」


第三章 ホ テ ル 完
                     1992.12.24 NAOKI.WATANABE


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**********   第四章  新 春   ***********

 新年が明け、Nは一週間ぶりに会社に向かった。時間が早いせいか道路を走 る車はそれほど多くはない。愛車ベンツの窓を僅かに開けると、冷たい空気が 筋となって車内に入り込み、時折Nの頬をかすめていく。Nはスーツのポケッ トから煙草とジッポーを取り出し、煙草に火をつけた。

 「戦場に向かう戦士というのは、こういう気持ちなのだろうか・・・」

 何気なく心の中でNはつぶやいた。

 車は国道50号線の水戸バイパスにさしかかり、常磐高速道水戸ICの進入 路を通り越すとNの会社のビルが左手に見えてくる。ここ数年でこの辺りの風 景も大きく様変わりしている。数年前までは郊外型レストランやら車のディー ラーが軒を連ねていたが、北関東自動車道が全線開通し、それに合わせてNが この地に本社ビルを建てた事がきっかけで、わずか数年で一大オフィス街を形 成するに至っている。

 赤塚池に羽を休める鴨が左手に見え始めると、車のフロントウィンドー一杯 に巨大な高層ビルが迫る。Nはウインカーを左にあげ、そのビルの地下へと車 を進めた。仕事始めの日の早朝にも関わらず、駐車場には数十台の車が止まっ ている。国際流通部の人間の物である事はまちがいはない。ここ数年、国際流 通部のあるフロアーの照明が消えるのは年末年始の、一晩か二晩位のものだっ た。

 役員専用と書かれた駐車枠の一つにNは車を滑りこませ、エンジンを切った。 静かな地下駐車場に、Nの靴音とベンツのステンレスマフラーが冷えて鳴く、 チリン、チリン、という澄んだ音が響く。4・5メートル歩いた所で、それま で巨大な柱の陰になって見えなかったが、黒のNSXが役員駐車枠の一番端に 止まっているのが見えた。役員の吉崎の車だ。床に引かれた白線をまたぐ様に 斜めに止めてあるのを見て、吉崎らしいななどと思いながら、Nは通用口のド アを開けた。中に入ると、それを見つけた守衛の青年がNに声を掛けた。

 「社長!明けましておめでとうございます!」

 Nは、その大きな声にちょっと驚き、ガードマンの制服を着て深々と頭を下 げたその青年を見て、なぜか笑いがこみ上げてきた。20代中頃といった処だ ろうか、はじめて見る顔だった。その若さのせいだろう、ガードマンの制服が 全くといっていいほど似合っていなかった。

 「あぁ、おめでとう。御苦労様。」
 「お早いですね。」
 「ん?あぁそうね・・・」
 「社長はご自分で運転されるのですか?」
 「あぁ、そうだよ。それより君はアルバイトかな?」
 「いぇ、社員になりました。」
 「ん?・・そうか・・・よろしく頼むよ。」
 「ハイ!自分は一昨年前に筑波大の大学院を卒業しまして、この会社の入社 試験を受けたのですが落ちまして・・・・・アハハハハハ」
 「そうだったの・・・」

 妙になれなれしい奴だなと思いながらも、この青年も今の社会の枠に入りき れないで、ドロップアウトしてしまった青年の一人だな、という直感をNは感 じていた。Nは昔からこの種の人種とは気が合い、実際Nの廻りのスタッフは ほとんどこの種の人間で占められていた。
 通路の一番奥にある役員専用のエレベーターまで歩く間、その青年はNの隣 を一緒に歩き、一方的に早口で話つづけた。
 要約すると、Nにあこがれて会社の入社試験を受けたのだが、落ちてしまっ て、某一流商社に入社したがなじめずに半年ほどでやめてしまった。しばらく いろいろなアルバイトをしていたが、先日新聞でNの会社が守衛を募集してい るのを見つけて、これしかない!と思い応募したら受かった。今年はまた入社 試験を受けてぜひ最前線で仕事をしたい。自分は実力でこの会社の役員に成り たい。ということらしい。
 確かにNの会社は、実力最優先主義で従来の年功序列の組織や賃金体系を真 っ先に打ち破り、時短・年俸制を有効に取り入れていた。Nの会社の成功が経 済界に与えたインパクトも大きな物があり、現代社会の中で唯一サクセススト ーリーを勝ち得る事の出来る会社という評価が一般的に成りつつあった。

 ちょうど役員専用エレベーターの前まで来た時に、計った様に青年が話を終 えた。Nは心の中で苦笑しながらも、

 「そうか、がんばってな。君の事は覚えておくよ、名前はだれだったかな?」
 「ハイ!川原といいます。川原肝太郎です。」
 「ウム、覚えておくよ。」

 そう言いながら、会社の身分証明書でもあるICカードを壁のスロットに差 し込み、役員認識装置をのぞき込んだ。目の網膜から特定の個人を認識する装 置である。まもなくピッという電子音と共に「カクニンシマシタ」という電子 音声がして、まもなくするとエレベーターの扉が開いた。
 その青年は、Nがエレベーターに入るのを確認すると、その正面に立ち、

 「それでは、失礼しまーーーす!。」

と、また一段と大きな声を発し、深々と頭を下げた。エレベーターの扉が閉ま るまで、そのままの態勢で青年はNを見送っている。
 Nはビル最上部の3フロアーを占める役員専用オフィスの一番上のボタンを 押すと、ぼんやりとさっきの青年の事を思い浮かべた。最近の若者にしては礼 儀正しいし、それも不思議に嫌みでは無い。なかなか好感のもてる青年である。
 しかし、ああいう人物はアルコールが入るとマイクを握って離さないとかい う悪癖が必ずあるものだが、それはそれで私は嫌いでは無いし、必ずしも川原 という青年がそうであるとも限らないし・・・・・などと、どうでもいい事を 考えている内にエレベーターは最上階に止まった。

 エレベーターを降りると一番手前には秘書室があり、いつもなら数十名の美 人秘書の姿が見えるのだが、さすがにまだ誰も出社してはいない。おしりの上 のえくぼがかわいい里穂ちゃんや、手のひらサイズのありさちゃん。笑顔のか わいい美麗ちゃんや、ショートカットの成美ちゃん。Fカップの晴美ちゃんや、 セクシーな愛ちゃん、などなどの姿が見れないのが寂しい。
 一番奥のドアを開けると、そこには社長付秘書と会長付秘書のディスクがあ るがここにもまだ人影は無い。Nは自分の秘書のディスクに座り、コンピュー ターの端末の電源を入れICカードをスロットに差し込むと、キーボードを叩 き、社長室のセキュリティシステムの解除を行った。
 秘書のディスクの脇に置かれたワゴンには、山のように年賀状類の郵便物が 積み重ねられている。そのワゴンを片手で引っ張りながら社長室に入ると、照 明と暖房のスイッチを入れ、部屋の中央に置かれたNのディスクの、すっかり 冷えきった皮貼りの椅子に腰を降ろした。
 Nは電話のボタンを押して、吉崎の役員室を呼び出した。2・3回コールす ると吉崎が出た。

 「はい、吉崎です。」
 「あっ、吉崎くん?おはよう!Nです。」
 「えっ?社長!、おはようございます。先日はごちそうさまでしたぁ。」
 「いやいや、・・・そうか吉崎くんはハワイでの役員の新年会に参加したの は初めてだったね。」
 「はい・・・。」
 「ハワイでのオフはたのしかったかな?」
 「はい、充分命の洗濯をさせて頂きました。」
 「そうか、それは良かった。私も意外な発見をしたよ。」
 「えっ?、何か見つけられたのですか?」
 「ウン・・・」
 「吉崎くんの水着姿を見て、素晴らしいプロポーションだという事を発見し てね! アハハハ。あの白のハイレグがまた良かった!。アハハハ」
 「社長っ!!まったくスケベなんだからぁ。」
 「アハハハ、ゴメンゴメン」
 「ところで吉崎くん、悪いんだけどコーヒー入れてくれないかなぁ。秘書が まだ来てないし、久しぶりに吉崎くんの入れたおいしいコーヒーが飲みた いんだけど・・・。」
 「アッ、ハイ。」
 「それと今度、うちの秘書にコーヒーの入れ方教えてやってくれないかなぁ。 吉崎くんに教わった所にわざわざ高速使って豆を買いにやってるのに、全 然まずいんだよねぇ、かといって入れ方が下手なんだとは言いずらいし・ ・・・・。」
 「ハイハイ、承知しました。」
 「それと、もう一つ・・・。」
 「何でしょう?。」
 「そのーー、水着姿を見たから言うんじゃ無いけど、君もこの会社の役員に なったんだから、そのジーパンとトレーナーってのはやめて、もっと女ら しい服にしたらどうかと思ってね・・・。その方が私もたのしいし・・・ どうかなぁ・・・・」
 「社長っ!!。私だって社外の人とお会いする時だけはちゃんとスーツ着ま すよっ。まったく社長の考えてる事はスケベな事ばっかりなんだからぁ。 その内、社内の女の子にセクハラで訴えられても私は知りませんからね!。 社長こそ今、政財界が注目の青年実業家なんですから、その悪癖だけは何 とかしないとダメですよ!」
 「ハーーイ・・・。」
 「アハハハ、コーヒー今いれて持ってきますね。それじゃ!。」

 Nは苦笑しながら受話器を置いた。吉崎は某大手電算機メーカーに勤めてい て、仕事の打ち合わせでNと会ったのが最初の出逢いであった。初めての打ち 合わせ中、ちょっとした意見の相違で大喧嘩をしてから、なぜか意気投合し、 会社では異端児扱いされていた吉崎を引き抜いた。すると社風が合ったのか、 めきめきと実力を発揮し、わずか数年で子会社の社長となり、昨年ついに本社 の取締役を手中にした実力の持ち主である。Nとは一回り近く歳は下なのだが、 あねご肌的な処があり、仕事の時はともかくもプライベートではなぜか頭が上 がらぬ存在ではあった。

 20分程たって、吉崎がNのオフィスにコーヒーを持って現れた。吉崎は案 の定擦り切れたジーパンに大きめのトレーナーという服装だ。大きなマグカッ プカップを二つ持っているのを見ると、どうやらここで一緒にコーヒータイム をという魂胆らしい。新年早々、説教されたんじゃかなわないなとNは直感し た。吉崎が着手した新プロジェクトの進捗状況を確認すると、その後はどうで もいいような話題を次々に話しかけ、会社に着た年賀状に目を通しながら彼女 がコーヒーを呑み終わるのを待った。

 年賀状を次々にめくるNの手が止まり、会話が途絶えた。ディスクに腰掛け ていた吉崎は、それに気付いて年賀状をのぞき込む。印刷された、なんの変哲 も無い年賀状ではあったが、差出人は水戸市大工町1丁目 大鳥純子 となっ ていた。

 「どこのスナックの子?」
 「えっ?いや、記憶がないんだ。」
 「まったくぅ、これなんだからぁ・・」
 「いや、それよりこの短歌。どういう意味だろ・・・」

 印刷されたハガキの隅に万年筆で書いたらしい達筆な字で短歌が一首確かに 書かれているのを吉崎は見て、声に出して読み上げた。

 「心には 路端の雪割り咲く姿 零下の風に 流浪の我が身・・・」

 しばらく吉崎は考え込むと、

 「ねぇ、社長!。この歌って、捨てられた女の恨みの歌じゃないのぉ」
 「やっぱり、そう思うか・・・・・」
 「社長!!、ほんとに覚えてないの!!!」
 「うん・・・覚えてない・・・・・」
 「まったくぅ・・・覚えて無くても、どうせ社長の事だからきっと酔っぱら ってひどいことしたんじゃないのぉ!!」
 「おいおい、人聞きの悪い事言うなよなぁ。それじゃまるで強姦でもしたみ たいじゃないか。」
 「違うの?・・・」
 「おいおい!!勘弁してくれよ。」
 「とにかくこの人に連絡取って、どういうことなのかちゃんと聞いて、誠実 にあやまんないとダメダョ!」
 「ウン・・・・・」

 まったく新年早々、とんでもない事になっちまった。と、Nは少し落ち込ん だが、そこは楽観的なO型。まぁどうにかなるさという気分になるのに、もの の数分とはかからなかった。

第四章  新 春  完
                      1993.2.17 NAOKI.WATANABE

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**********   第五章  事 件   ***********

 ここ数年暖冬が続き、茨城で雪を見る事は出来なくなっていた。これも世界 的な環境破壊が原因であろう。今年もついに茨城に雪が降る事はなく、偕楽園 の梅も満開となっている。国民新党の小沢首相にもう少し環境保全関連ODA の額を増やすように進言しておかないといけないなぁ・・・。そうするとNG Oへの資金協力も増加させる必要がある。環境対策室に言って10%UPさせ よう。そうそう、ついでにフィリピンのNGO事務局に出向しているベスちゃ んに、今年の予算のUPを連絡しておこう。

 Nは自分のオフィスから見える光景をぼんやり眺めながら、そんな事を考え ていた。と、突然Nの目前を人影がよぎった。一瞬ギョッとしたNだが、その 人影が庄野だと解って、胸をなで下ろした。そこには高さ150mの高層ビル の最上階36階の窓に、作業服を着て一本のロープにぶら下がり、窓掃除をす る小太りな中年の男の姿があった。Nはジェスチャーでこの部屋に来るように 庄野に合図をした。庄野は指でOKマークを作ってニッと笑った。

 会社の定時総会を間近に控え、Nはここの処多忙な毎日を送っていた。すで にこの会社は、グループ会社を含めた連結決算では、先頃合併した関東県の中 の「旧東京都」の一年間の予算に匹敵する売上げを記録していた。

 この会社をここまで大きくしたきっかけを創ったのは桜田健次という男だっ た。その昔この男が始めた「ハエ・ネット」という、今や古典とも言えるテキ スト文字だけのパソコン通信ホスト局開局が事の始まりであった。
 開始当初は、奇人変人を集めた危険集団BBSという様相を呈していたが、 やがてグレードアップして、当時としては最先端のマルチメディア通信網「ス ーパーハエ・ネット」を当時のメンバーで、ほとんどボランティアに近い有限 会社組織として開局したのだった。メンバーは徐々にではあるが確実に増えて きていた。しかし、それに伴い、会社の赤字も増加していたが、元々この会社 で儲けようなどと考えている人はいなかったので、そんなことを気にする出資 者は誰一人として居なかった。

 ある時、定例オフラインミーティングの呑み会の席上、Nと桜田が「エイズ が絶滅された今日に於ける避妊器具のあり方」というテーマで激論となり、ネ ット上でも数週間の激論がつづいた。結局結論が出る事は無く、終わってしま ったが、それから数カ月後桜田は実験中にとんでもない物を発見してしまった のだ。
 桜田は、特殊レーザーを用いた実験中、装置にけつまづいて照射位置をずら してしまい、たまたまそこにあったスキンに特殊レーザーが照射され、そこに たまたまあったアイルーラが落ちた瞬間、その事が起こった。
 スキンとアイルーラは、まるで某岡本理研と某アイルーラ販売元の企業間の シェア争いと合併の動きを象徴するかの様な激しい科学反応を起こし、ついに は一滴の丸いジェル状になり、机の上に置いて有ったビーカーの中に転がり落 ちた。ビーカーの中には、桜田が今晩の夜食にしようと吾妻ストアで買ってき たハマグリが入れてあったのだが、なんとそのハマグリがそれを一瞬にして食 べてしまったのだ。一体、あの科学反応は何だったのだろうか?という研究者 としての興味はあった物の、Nが先日研究所に遊びに来たときに忘れて行った スキンとアイルーラのおかげで、せっかくの今夜の夜食が食べれなくなったと いう悔しさが先にたつ桜田ではあった。

 後日、思い出した様にそのハマグリを調べてみると、なんと中から乳白色の 真珠の様な物体が出てきたのである。それは当時のスーパーハエネットのメン バーにより詳しく分析された。中心となったのは、スーパーハエネットの出資 者でもある、つくつく大学のバイオの権威真裡香教授と新実助手、同じくつく つく大学の妊娠確率学の権威笠腹名誉教授であった。分析の結果はスーパーハ エネットに一大センセーショナルを巻き起こした。
 それは、次世代の画期的な避妊剤であった。ジェル状のこの物質を女性の内 部に塗布すると、女性の分泌物によって活性化し、内部全体に数分で広がる。 効果は10時間ほど続き、この間に精子と接触するとさらに活発化し一つの核 をつくり出すと次々に精子を取り込み、僅か数時間後にはひとつの真珠を形成 する物だった。時間内に精子が接触しないと、核は造られず自然に体外に排出 されるという、なんとも都合の良い物だった。
 この避妊剤は、真裡香教授によってさらに純粋で効率的かつ確実な避妊剤と して抽出されたのだった。

 スーパーハエネットメンバーの協力の元、製法特許を取得すると、一躍脚光 を浴び、某岡本理研と某アイルーラ販売元は合併を決め「スキンイラーズ」と いう何とも安直な名前で製品化をしたのだった。これが、全世界的なヒット商 品となり、莫大な特許料がスーパーハエネットに入る様になった。唯一の弊害 は、若い女の子達の間で、出来た真珠をアクセサリー代わりにして、やっぱり 白人系の種の方が粒が大きいとか、いや東南アジア系の方が艶はいい、とかい う話題が女性雑誌のアノアノとかノコノコとかにも載る様になり、ついには本 物の真珠業界が消滅してしまった事だった。

 この何とも偶発的な発見によって、単なるボランティア企業であった有限会 社スーパーハエネットは、期せずして一躍超優良企業となってしまったのであ る。この豊富な資金をバックにスーパーハエ・ネットは、みるみる規模を拡大 していった。桜田は、研究所をやめ社長に就任したが、元々この男ジプシーみ たいな奴で一定の処に安住出来ず、金銭感覚に乏しい上、会社の経営にもまっ たく無頓着で、自分の研究に専念していた。
 案の定、桜田は数カ月で社長をさっさとやめてしまい、アフリカに勝手に支 店を作って取締役支店長の肩書きでそっちにいってしまい、それっきりアフリ カ各国を転々とし今でも自分の研究を続けている。もっとも、ネット上でのア クティブさは以前にも増して、今や「ゴジラ」というハンドルは全世界的に有 名になっていた。

 困ったのは会社を押しつけられたNをはじめとした役員であった。年々「ス ーパーハエ・ネット」の規模は拡大し、役員も自分の仕事の片手間にやるには 負担も増えるばかりであった。そこでこの時点で、役員達はそれぞれの自分の 会社を出資者として、全ての会社を統括して管理運営する会社を設立したのが 今のこの会社の前身である。

 この会社の設立が、全ての出資企業の転機となった。豊富な資金調達力と、 良く言えば個性的な頭脳集団による企業運営・企業間の密接なネットワーク創 りにより各企業は急成長をつづけ、ついには一大グループ企業を形成するに至 っている。

 「スーパーハエ・ネット」もあっという間に日本最大のネットワークとなり、 今日では自前の通信衛星を持ち、マルチメディア国際通信網として世界最大規 模を誇るに至っている。

 昨年の暮れにワトソンホテルで見た「桜井」とかいう支配人、誰かに似てい ると思っていたら、そうだ桜田に風貌が似ているんだ!・・・などと思ってい ると、突然インターホンから秘書の麻希ちゃんの声が聞こえた。

 「社長、会長がいらっしゃいました。」
 「あっ、入ってもらって」
 「はい」
 「麻季ちゃん、おしり触られないように気を・・」
 「キャッ・・・」
 「・・・」
 「すいません・・ご忠告が遅かったみたいですぅ」
 「アハハハハハ」

 Nの笑いが終わらないうちに部屋のドアが空き、庄野が入ってきた。

 「いやぁ、久しぶり!」
 「会長っ!!」
 「いやぁ・・ごめんごめん!!」
 「ハワイでの役員会の時はどこに行ってたんですか?常陸新国際空港で居な くなっちゃって、みんなで探し廻ったんですよ!!。」
 「いやぁ・・・ちょっと急用を思い出してネ・・・ちょっとアメリカへネ ・・・4次元コンピューター用のCPU開発の件でネ・・・」
 「会長っ!!・・・ほんとは???・・・」
 「ごめん・・・フィリピンの・・マリーちゃんに・・会いに・・・」
 「それならそうと、一言いってから行けばいいでしょ!」
 「ごめんネ・・・」
 「まったくぅ・・・」
 「・・・」
 「それとねぇ・・・」
 「はいぃ・・」
 「あの窓磨きはなんとかなりませんか?。あなたはこの会社の会長なんです よ。まったく、初代の社長だった人なんですから少しは自覚を持って行動 して貰わないと困ります!。」
 「でもネ、あれは私の唯一のストレス発散法なのネ。だから、あれだけは誰 が何と言おうと止めないもんネェ。」

 だめだこりゃ・・・とNは心の中で叫んだ。しかし気を取り直して、

 「解りました。それじゃ、窓磨きの時に女子更衣室の窓だけ重点的にやるの だけはやめて下さい!。その内、従業員にセクハラで訴えられても知りま せんヨ!!」
 「ハイハイ、解りました!」

 Nは、どこかで聞いたことのある様なセリフを自分で言った事が、なぜか笑 えた。

 「それじゃ、今度の役員会は出席して下さいヨ!総会前の最後の役員会なん ですからぁ!」
 「オゥ!解った!!それじゃネ!」

 庄野は背中越しに手を振り部屋を出た。再度、麻希ちゃんの悲鳴がドア越し に聞こえたのは、まもなくの事であった。

 Nは苦笑しながらも、気を取り直しディスク上のコンピューター端末のスイ ッチを入れ、決済書類に目を通し、担当部署への決済通知を電子メールで送る 作業を続けた。しばらくその作業を続けていると、ディスプレィ上に、

 {吉崎取締役より、テレビ電話モードでの呼び出しが入りました。}

というメッセージが表示された。Nは、テレビ電話モードのウィンドゥを開い た。例のごとくトレーナー姿の吉崎の姿が映し出された。

 「社長!、ちょっとお話があるんです・・・」

 その声は低く沈んだ声で、顔からはこころなしか血の気が引いているのが、 ハイビジョンカラーディスプレィのおかげで見て取れた。

 「どうしたの?・・・吉崎くん?・・・」
 「えぇちょっと・・・社長!今晩でも時間無いですか?」
 「今晩?・・えーーっと・・・ちょっと待ってね」

 Nは、インターホンで秘書の麻希ちゃんに今夜の予定を聞いた。

 「今夜は、7時にSH商事の内山様と食事、それから9時に・・・・・」
 「あっ!!解った解った!!」

 Nは麻希ちゃんの言葉を途中で遮った。そうだ、今夜はスナック花の、りえ ちゃんと食事をして、それから同伴する予定になっていたんだった。
 こんな事を吉崎に知られたら、また半日は説教される。それに吉崎の今の様 子がちょっと気になったNは、りえちゃんとの約束をキャンセルする事にした。

 「今夜は吉崎くんと打ち合わせが入ったから、SH商事の接待は延期する事 にするから・・・ちなみに明日の夜の予定は?。」
 「ハイ、えーーっと明日の夜の予定は・・・っと、今の所入っていません。」
 「麻希ちゃん!、それじゃSH商事は明日にするよ。私から電話を入れてお くからね。」
 「ハイ」

 インターホンから手を離すと、ディスプレイに向き直り、

 「という訳で、OKだよ!。」
 「すいません・・・」
 「それじゃ、西洋堂で食事でもしながらという事でいいかな?。」
 「ハイ・・」
 「時間は・・6時30分に下の駐車場で大丈夫?。」
 「ハイ、大丈夫です。」
 「それじゃ、6時30分に駐車場で!」
 「ハイ・・・、アッ社長!」
 「ん?」
 「さっきのSH商事の内山さんって、まさかどこかのスナックの女じゃない でしょうねぇ?・・・」

 Nは思わず声をあげそうになるのを、やっとの思いでこらえ平静を装って、

 「ん?違うよぅ。まったく疑ぐり深いんだからぁ・・・アハハハ」
 「それならいいですけど・・・それじゃ!」
 「おぅ、それじゃね!」

 テレビ電話のウインドゥを閉じると、Nはまず、りえちゃんのマンションに 電話をして、今日の食事を仕事の都合で明日に延期する旨を伝え電話を切った。 りえちゃんは、ほんとに仕事なんでしょうねぇ、などと疑っていたがなんとか 納得したみたいだ。
 りえちゃんとは結構古いなじみで、今のお店に入る3軒前のお店の頃からの 付き合いだった。りえちゃんは、Nの好きな「おしりの上のエクボ」があると 昔から言っていて、それを見たさにNは通っているのだが、未だに見せてくれ ない。しかも、お店が変わる度にNもその店に小判鮫のごとく出没する様にな り、ついでにそこの女の子に手を付けて来た。その過去の遍歴をりえちゃんは 知っている為に、ガードは益々固くなるばかりであったが、逆にそれが二人の 関係を密接にしている面もあり、ベットを共に出来そうで出来ない今の関係を 二人とも楽しんでいる部分も確かにあった。

 Nは仕事の手を休め、さっきの吉崎の顔を思い浮かべていた。それにしても 吉崎の話というのは一体何だろう。あの思い詰めた様な表情はもしかすると、 もしかするかも知れないな、それに女の事にうるさいのはきっと嫉妬してるの かもしれないなぁ・・・・・などなどと考えていると、Nの表情はみるみる間 に崩れ、鼻の下は伸びきっていた。

 「アハハハハ・・・シャワー浴びて、下着を替えて行こうっと。今日はスヌ ーピーのパンツに決ーーーーめた!っと・・・ルンルン・・・」

 Nがそんなバカに事を考えているとは知らずに、吉崎は自分のオフィスで新 聞を広げ、その片隅の小さな記事を凝視していた。

      −−水戸で変死体発見−−
      水戸市大工町のマンションで12日未
      明、同住居人の大鳥純子さん(25歳)
      が自室で死亡しているのを、長期無断
      欠勤を不審に思った勤務先の上司と管
      理人が発見し、水戸署に届けた。水戸
      署では、事故と殺人事件の両面で捜査
      を開始した。

 「まさか・・・社長・・・まさかよね・・・」
 吉崎の手は微かに震えていた。

第五章  事 件  完
                      1993.3.16 NAOKI.WATANABE


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copyright 1997 Naoki Watanabe
Last modified 21/05/97
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